新世紀へ「愛国歌」提唱

内藤孝敏
『論点』1999年4月6日 読売新聞朝刊
禁無断転載

 広島県教育委員会は三月二十三日、卒業式での君が代斉唱を実施できなかった県立学校長二十一人を服務規定違反で処分した。硬直化した状況下、今年度入学式で、君が代を斉唱する新入生は気の毒だ。心を込め、願いをウッタエつつ歌うから、ウタである。祝意なきウタは、祝事の意義を完全に失った禍事(まがごと)となるだろう。

 君が代は古今集に初出以来、千年もの間、神事、能楽、狂言、浄瑠璃、長唄、小唄、琵琶歌、詩吟、さらには物乞いのゴゼ歌など、あらゆるジャンルの日本伝統音楽に載って平和と長寿を祝ってきた。静御前も源頼朝の前で君が代を謡いながら舞を舞ったというし、江戸城では女たちが君が代を歌いながら新年を迎えたという。その祝意は、各々のジャンル特有の節回しによって歌い継がれてきた。
 明治になってもその流れは続き、西洋音楽を学んだ人たちが五線紙に残した数々の君が代(音声付きホームページで歌と解説を四月末発信予定。http://alpha-plus-music.com/)がある。雅楽風や長唄風の旋律のほか薩摩藩軍楽隊、海軍省、文部省が各々独自に国歌として製作した三つの歌があリ、その中の海軍省製作のものが現行の君が代である。先日、米国在住の知人から「日本の国歌」という表記の楽譜が二通送られてきた。米国の出版物である。その一つは旋律だけ記したものだが、勝手に書き変えられ、別の楽譜には、稚拙な伴奏が付けられていた。
 君が代は、日本人が西洋音楽と初めて出会った明治初期に作成された三十人の楽器編成による日本独自の「楽曲」であり、音楽文化史上貴重な資料である。しかも、国歌として歌い続けている歌である。我々がそれを自覚することなく、その演奏譜を定版のないまま百年以上にわたって放置してきた証拠が、外国の資料の形をとって目の前に出現したことに私は愕然とした。

 明治以降制作された君が代演奏譜には、我々が普段目にするピアノ譜のほかに、簡単な二部合唱譜、初等ピアノ練習曲を思わせる伴奏譜、バロック風に凝った編曲譜、編曲者名のあるもの不明のものを含めて多種多様な楽譜がある。公式の場で君が代を演奏する各地の音楽隊や公立演奏団体の使用譜を数えると十数種類以上に及ぶ。
 さらに、音楽隊の楽譜は、七つ全ての音にフラットが付く変ハ長調(明治十三年・エッケルト原譜)、変ロ長調(明治三十五年・陸軍軍楽譜)、ハ長調(大正十四年・海軍儀制曲総譜)と様々に調性が変遷している。
 現在の音楽隊譜の違いは、主として楽器編成によるもので、音楽的には小さな問題だが、その音楽隊譜とは別に、文部省譜とでもいうべき楽譜が存在し、両者の間の低音と和音には四か所の相違がある。君が代は十一小節の短い曲だから、平均して三小節に一つ違いがあることになる。これは音楽上の大問題といってよいだろう。
 明治二十六年、文部省が祝日大祭日唱歌として現行君が代を告示したとき、新伴奏譜(ハ長調)を発表した。これが文部省譜で、学校行事などで一般の目にふれやすいことから、各地のオーケストラ譜や市販譜にはこの楽譜を元にしたものが多い。その後、エッケルト原譜と文部省譜の折衷案などが作成され、混在したまま今日に至っているのである。

 昨今、君が代に多くの関心が寄せられているが、その中には、オリンピックや国際スポーツ大会などに相応しい「新国歌」を待望する声がある。たしかに君が代は、スポーツ大会向きではない。正確なリズムを刻み、気分を高揚させるような歌ではないからだ。
 しかし、公募の上、国民投票第一位の「新国歌」を制定するのは望ましくないだろう。それは結局、すたれる可能性のあるハヤリ歌だ。平成の国民の嗜好に合わせただけの歌を国歌として未来の世代に受け渡してよいものなのか。
 むしろ、新世紀に向けた「愛国歌」の製作を提唱したい。米国で第二国歌のように歌われている「アメリカ・ザ・ビューティフル」の例もある。愛国歌ならば第二、第三の曲を追加することも可能だ。無論、君が代演奏譜の決定版も作成したい。

 拙速な法制化と反対一辺倒の図式の上で、不毛の対立を続ける政府・教育現場の先生方に実りある発想への転換を強く望みたい。