『七十五歳の三島さん』
内藤孝敏(作・編曲家)
『月刊文芸春秋・巻頭随筆』掲載(二〇〇〇年六月号)
「どうだ、懐かしいだろう。机の奥から出てきたので焼増しした」という添書きと共に、旧友の松前紀男君(東京芸大音楽学部同期。前東海大学学長)から一葉の古い写真が送られてきた。群馬県北軽井沢・岸田国士山荘の前庭で撮ったものだ。
昭和二十六年、大学二年生の夏、涼しいところで勉強しようと二人共同で北軽井沢の空き別荘を借りた。本を山ほどチッキで送ったが、結局一冊も読まなかった。終戦間もない頃で、別荘には殆ど人影がなく、出会うのは同年代十人程の若者ばかり。知り合ったその日から遊び仲間となり、毎日付き合いで忙しくて本など読む暇がなかったのだ。
写真には友人たちの他、岸田衿子、今日子姉妹と三島由紀夫さんが写っている。三島さんは微笑みを浮かべ、腕組みをして少し離れて立っている。雑誌の連載中で、岸田山荘の坂下にあった小さなホテルに籠って執筆していたと思う。散歩する暇もなかったのだろう、独り色白である。
我々遊び仲間は岸田家の自由な家風に憧れて、連日のように山荘に集まっては談笑し、酒を飲み、或いはトランプ等の室内ゲームをし、時には、飲まず食わずで月の光の中を歩き通して浅間山に登り、山頂で御来光を拝んだりした。
室内ゲームには三島さんも時々顔を出したが、学生向きの手の速さを競うゲームが多く、あまり勝ったことがなかった。しかし、悔しそうな様子はなく明るい笑顔であった。
ある日、激しい雷雨が北軽井沢一帯を襲い、照月湖傍の山荘が落雷で全焼した。翌朝、我々は燃え残った棟や柱を湖畔に集めて背の高さ程の井桁に積み上げ、夜を待って火を放った。ウクレレ伴奏で歌うもの、ひたすら酒を飲むもの、各人思い思いの焚火を囲む輪の中に、何時の間にか三島さんの大きな笑い声も加わって最高の夏祭りとなる。やがて酒も尽き、最後に、靄立込める真夜中の湖上で“ボート鬼ごっこ”が始まったが、三島さんとK孃が乗り込んだ鬼のボートが行方不明となって解散。次の日、K嬢に惚れていた男が一人傷心の帰京・・・。一葉の写真から甦った五十年前の遠い思い出である。
翌日、松前君への礼状投函のために外出した折り、三島さんについて二三調べたいことがあって図書館に行った。
「三島由紀夫全集」(新潮社)の年譜から、昭和二十六年夏の執筆は、『群像』の「禁色」或いは『週間朝日』の「夏子の冒険」であることが分かった。更に、「(三島は)この夏も軽井沢に避暑に出かけ、吉田健一等と北軽井沢の岸田国士の山荘を訪ね、娘で女優の今日子を知り、照月湖でボート遊びをしたり、不良少年少女のワイルドパーティーに誘われ怖い思いをした」という記述を発見(「三島由紀夫の生涯」安藤武著。夏目書房刊1998年)して些か驚いた。
我々は、高歌放吟などするものの、温厚な谷川俊太郎君(第一詩集「二十億光年の孤独」執筆中)はじめ礼儀正しい若者で、他人に怖い思いなどさせるわけがない。声高に論議する未熟な集団を疎ましく感じて、“不良少年少女”と書いたのだろうか。
筆者が管弦楽編曲を担当していた読売交響楽団のテレビ番組『だんいくま・ポップスコンサート』に三島さんが出演した日(註)を調べたが分からなかった。アマチュアのゲストがタクトを持つのは、六年間続いた番組中初めてのことだったが、三島さんの希望で「軍艦行進曲」を指揮。曲が終わった時、タクトを止められず暫く手を動かしていたので客席から笑い声が起きる。その好意的な反応に三島さんは大満足だった。
昭和四十五年の新聞縮刷版各紙を借り出して自決(十一月二十五日)関連の記事を読む。市ヶ谷自衛隊総監室の床に転がっている二つの生首の写真(朝日新聞夕刊)を見て、三十年前に受けたショックを改めて思い出す。“檄”を読みながら、今まで全文を精読したことがなかったことに気が付いた。
「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。政治は矛盾の糊塗、自己の悦楽、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね・・・日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆく」
少なくともこの文には“狂気”の影はない。日本の荒廃と衰退を警告する“正気”の檄文である。もし存命なら今年七十五歳の三島さん、「浅間山荘事件・ベトナム戦争終結・田中元首相逮捕・ソ連アフガン侵攻・昭和天皇崩御・ベルリンの壁崩壊・地下鉄サリン事件・憲法調査会両院に設置」などについて、どんな発言をしただろうか。
(註)
約七年続いた番組だが、音響資料は全て破棄され、残されていない。担当プロデューサー館田巌さんが手元に残しておいた三島さん指揮・読売交響楽団演奏「軍艦行進曲」のカセット・テープが唯一の資料である。
そのテープの上書から、三島さんの出演日は1968年3月(文京公会堂収録)であったことが分かった。
尚、(株)音源のホームページ「http://www.ongen-music.com」の「スタッフ略歴・内藤孝敏作品サンプル」欄にテープ・ノイズ等を処理した演奏を掲載中。三島さんの指揮は必聴もの。